「英雄の旅」(Hero’s Journey)は、神話学者であるジョゼフ・キャンベルによって描かれた「モノミス(単一神話論)」に基づく、世界の神話に共通する構造を文化的に分析したモデルです。この構造は、日常の世界から非日常への遷移、試練の経験と成長、帰還と再結合という「通過儀礼」的なプロセスに基づいています。このプロセスは、人類全体の深層心理や成長の願望に根ざし、その普遍性は世界中の何十もの文化で共感を生み出す価値を持っています。
ヒーローズ・ジャーニーの12段階とは
脚本コンサルタントであるクリストファー・ボグラーにより現代的に整理された「英雄の旅」の12段階は、以下のように構成されています。
- 日常の世界(Ordinary World)
主人公はまだ冒険に出る前の平穏な世界にいる。 - 冒険への誘い(Call to Adventure)
何らかの事件や変化によって冒険が始まる。 - 誘いの拒否(Refusal of the Call)
主人公は当初、冒険への参加を拒否したりためらったりする。 - 賢者との出会い(Meeting with the Mentor)
導き手や師と出会い、知恵や道具を授かる。 - 戸口の通過(Crossing the First Threshold)
日常から完全に離れ、未知の世界へ踏み出す。 - 試練・仲間・敵(Tests, Allies, Enemies)
さまざまな試練を経て、仲間を得たり敵と対峙したりする。 - 最も危険な場所への接近(Approach to the Inmost Cave)
最大の困難や真理の核心に迫る場所へ向かう。 - 最大の試練(Ordeal)
死の淵に立つような苦難に直面し、乗り越える。 - 報酬(Reward)
試練の克服により報酬や気づきを得る。 - 帰路(The Road Back)
報酬を携え、日常の世界に帰ろうとする。 - 復活・再生(Resurrection)
最終試練を経て主人公は変容し、新たな力を得る。 - 宝を持っての帰還(Return with the Elixir)
変化した主人公が世界に貢献し、物語は完結する。
現代社会における応用と実践
1. 映像・物語創作における応用
この構造は映画、アニメ、演劇などあらゆるストーリーテリングの基礎フレームとして活用され、観客の共感や没入感を生み出す核となります。
2. ビジネスとブランディングへの展開
企業は顧客を「主人公」に見立て、自社商品・サービスを「賢者」や「助け」として提示することで、感情的なつながりを構築できます。特にストーリーマーケティングでは、購買行動そのものが英雄の旅として設計されることもあります。
3. 自己啓発やキャリアデザインへの応用
自分の人生経験やキャリアを「旅」に見立てることで、逆境や転機を「試練」と捉え直し、自信や内面的な成長を得る視点を提供します。
批判的視点と構造の多様化
1.「ヒロインの旅」
モーリーン・マードックは、心理療法家・作家として「ヒロインの旅」モデルを提唱し、外的な成果よりも内面の統合を重視するアプローチとして注目されています。このモデルでは、男性的な成功モデルとは異なり、失われた女性性の回復や、内面の調和を通じた自己実現のプロセスが描かれます。これは、ヒーローズ・ジャーニーを補完し、多様な視点を物語構造に取り入れる意義を示しています。
2. ポスト構造主義的視点
「普遍的構造」という考えそのものに対して懐疑的な立場から、複数視点・多声性・非線形構造など、より複雑で現代的な物語表現が台頭しています。
結論:再解釈と社会的意義
英雄の旅は、物語創作や個人の成長モデルとしての枠組みを提供するだけでなく、現代社会における自己理解・社会理解のツールにもなり得ます。その柔軟性と普遍性を活かしながら、新しい時代にふさわしい物語を編み直すことが、今後の創作や教育、ブランド構築において重要なテーマとなるでしょう。
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